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zoom RSS 「弔う」ということ。。

<<   作成日時 : 2007/08/31 23:16   >>

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今年1月、大阪府下の古墳敷地内である方の亡骸が発見されました。
この事件を記憶にとどめて居られる方は、もうとても少ないことと思います。
恐らく、この事件に関わった方達だけかと。

それほどに、日々、惨い事件が多くて…。
そのたびに、心に大なり小なりの傷を背負って生きて行く人達が増えて行くのかと思うと、とてもやるせない気持になってしまいます。

一つの事件が起きるたびに、その事件に関わった人達がいて。
被害者・加害者、それぞれに繋がる家族、親族、友達・知人。
事件を介して、直接的に、または間接的に関わりを持った人達…

その関わり方・その後の受け止め方は、ひとりひとり異なり、重みもまちまちかと。

そして、私はそんな中のたまたまの通りすがり的に関わりを持ってしまった一人で。


直接には全く面識もなく、お名前もネットで改めて調べるまで思い出せなかったのですが、それでも、その方が事件に巻き込まれた8月31日という日付が忘れられなくて。

事件発覚から四十九日の2月以来、今日8月31日にその山に登って来ました。



その場所が厳重に鉄板で覆われた以外は、相変わらず樹木が鬱蒼と茂り、蝉や野鳥の鳴き声、風が葉を揺すって通り抜けて行く音、時折空を行くヘリや飛行機の音が響くぐらいで…ひっそりと静な場所で。

お線香を焚いて、しばらくぼけ〜っとしてました。


お盆の頃にどなたかがお参りされたのでしょうか。
半分干からびた花束や湿った煙草、ペットボトルや缶などが幾つかお供えされていて。

砕けたお線香も。。



ご遺体も、そして無念の想いも、もうその場所には残っていないと自分の中ではわかっているのだけど、お参りしてしまうのは何でなんだろうね。

無宗教で信心のカケラもない私。
当然、昨今もてはやされているスピリチュアル?なんてのも

「へぇ〜…ほぉ〜…」

って話のネタ程度にしか思ってない不埒な輩なんですが、なぜかこの一件だけは心の深いところに残っていて。

死んでしまったらぷつっとそれで暗転して終わってしまう、死後の世界なんてほとんど信じてない私。
表向きは、やはり亡くなった方の御霊を弔うということになるのだけど…


本質的には亡くなった方へのお弔いというよりも、その死に関わりこの世の理不尽に触れてしまった事に、未だ折り合いの付けられない自分のためにその場所に来てしまっているのかも。

亡くなった方を送る一連の儀式…お葬式や法事などは、残された人達の持って行き場の無い気持を整理するためのモノなんだと…白いお線香の煙を眺めながらひしひしと感じてました。。


霊のあるなし、儀式の善し悪しを問うものではなくて。

ただ、残された人達は、その死が理不尽であればあるほど、何かにすがり、救いを求めてしまうものなんだと。



上手く言葉にしきれないけど…

忘れないこと・思い出すことで、許しを求め。
祈りを捧げることで死後の世界での報いを願い。
そして、繰り返さないこと・繰り返させないことで、無念は昇華される。

…はず、なんだけど。。


現実は、さらに理不尽でさらに惨いことが繰り返され、そのたびに、また同じような、もしくはそれ以上の重いモノを背負った人達が増え続けていて。


日々伝えられる哀しいニュースに、心のどこかに鈍い痛みを感じながらも、自分の日常の中からはバッサリと切り落として他人事として通り過ぎて行く私。

当たり前の毎日に何も感じていないはずなのに、この事件を思いだすたびにくすぶる罪悪感…


そんな自分自身を許してもらうため、私はその場所に立っていたのかも。。



半分が灰になるまで手に持っていたお線香を、虫食い穴の空いた葉に差し込んで立てかけて。

自販機で買った、冷えたペットボトルのお茶の封を切り、
半分はその場所へ撒き、残りは、一気に飲み干して。





山道を下りながら、鼻歌は、なぜか「ひょっこりひょうたん島」…^^;





長らくブログ放置で、久々の更新がこんな内省的な内容で恐縮。
日々、喜怒哀楽いろんな事が沢山あって、いろんなネタが溢れているのですが、なんか書く気が起きなくて。

そんな中、今日のことはどうしてもここに書き留めておきたくて。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
もうそんなにたちますか。

彼岸と盆の中間点。
何か因縁も感じますね。

でもそれを意識するもしないも居残ればこそ。
逝ってしまっては感じることが出来るのかさえも我々には解らない。
故にその感覚は大事にしましょう。
yuki
2007/09/04 01:17
To yukiちゃん

いつもコメントありがと^^

うん、振り返ると早いような遅いような。。
たまたまのご縁だけど、因縁を感じずにはいられなくて。
…こじつけの思い込み、とも考えられなくもないけど(回りくどい言い方^^;)、あれこれと思いを巡らし、日々の自分のあり方を鑑み、見えないモノへの畏怖の念を大切にすることは、自分がより良く生きて行くためには必要なモノかも…と思うこの頃。

宗教というバックボーンを持たないので、なおのことそういう感覚を大事にしないとね。。

そういってもらえて、なんだかすごく嬉しいです。
ありがと^^
ちや
2007/09/07 12:50

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